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2008-09-15

ステッキ

もう随分前から、左半身が痺れている。

ただ、その痺れは全ての触感を奪うほどの強さは無く、
疲れると若干の痛みと怠さを誘発する位の悪さをする位で、
それには「慣れ」という薬で対処してきていた。

だが、ここ1年位からはその症状が悪化し、
最近では体調が悪いと5分歩けない状態になっていた。

勿論、足その物が痛いワケではなく、
脊髄と脊柱管の問題(要は神経を圧迫し、痺れや痛みのサインを送っているだけ)なのだが、
気合いと集中では対応できないところまで、きてしまったようだ。

ただ、このトラブルはありがたい事に、痛い時は座れば解消する。
(座る事で動いた脊髄が神経の圧迫を緩めるらしい)

要は、「痛い」と思ったらどこでも座れば良いのだから、
普通の人よりよく座る・・というだけで、相変わらずのマイペースで暮らす事ができている。
(痛みで動けなくなったら手術しかない)

 

その日、その電車は結構な混雑をしていたが、
珍しくシルバーシートに空きがあった。

申し訳無いけど、見た目普通だけど、
立っていられない状態になっていたから、座らせてもらう。

3人掛けの真ん中だったが、両サイドに位置する大先輩達は、
「なんだこの若造は?」という怪訝な顔を見せてくれた。

 

「痛てて・・・」と2人に聞こえるように呟き、
痺れている左足をマッサージし、早く痛みが取れるように背中を丸めて
前傾姿勢を取る。

こんな時は、ちょっと臭いけど、
痛がっている事をアピールするようにしているのだ。

そうする事で、本当にその席を必要としているんだ・・と
回りの乗客にはアピールできるし、
お互い心情的にも穏やかになれるように思うからだ。

 

駅に着き、客が乗り降りする。

若い子連れの女性がすぐ傍に立った。

キャップを目深にかぶり、だらっとした柔らかい生地のワンピースと
下にはレギンスとスパッツを足して2で割ったような感じのパンツを履き、
連れた子供にもB系のキャップを斜めに被せて、だらっとしたTシャツを着せている。

 

発車するとその子供は(4歳位?)すぐ手すりの棒にぶら下がり、
しゃがみこんで、しかも左隣に座る大先輩の足下で動き回る。

あ〜あ・・・だらしないな。
親の顔が見たい・・・と目を上げると、帽子でその表情は見えない、
と言うか、そっぽを向いて子供に関心など無いようだ。

 

次の駅について、左隣の乗客が席を立った。
入れ替わりにやはり席に座りたそうな大先輩が乗ってきた。

回りの乗客はその人を見て、誰もその席に座ろうとしない。

その男性は、回りの人が座ろうとしない事を確かめているようだった。

 

と、その母親は子供に「座っちゃいなさい」と命令した。
子供はやっと座れる・・とばかりに椅子に座る。

うん、端から見たら、嫌な図だよね・・・

混んでる車内、
明らかに高齢者と見た目普通に見える童顔のオヤジ、
その隣には今時の若造のようなファッションの子供、
そしてその前には、座らせてあげたい男性が立っている・・・・

 

苦痛だ・・・

こんな時、ちょっと見トラブル持ちなんて想像できない出で立ちでいる事は、
余計な悪感情を抱かせる事にしかならない・・よね。

でも、自分としては、
明らかに障害があるよ・・・という形は、
ケンカする前から逃げているようで嫌なのだ。

 

私の前に立つその先輩の横には、
人目を引くほど美しい女性が立っていた。

彼女はキッとした目線を、私の横に座った子供に送っている。

 

あ・・・、と気付いた。

その女性は、私が足の痛みの為に座っている・・と認識していて、
その子供に対して「お前が立てよ」というプレッシャーを与えている?
・・・という事に。

 

隣の子供は、その視線にいたたまれなくなったのか、
それとも外を見たくなったのか、くるっと窓側を向いた。

 

あ〜あ・・・
これだから、今の子供は嫌いなんだ。

靴履いたまま、窓の方を向くなよ。
足に触れたら温厚な私でも怒るよ?

第一、こういう動作を放置する親ってどうなんだ??
って・・・平気でシルバーシートに子供を座らせる親だから、
そういう常識も無い、マイペースな奴なんだろう(▼▼メ)

 

「ねぇ、やめて。
 足が痛いの、この人。
 足に触れないで」

 

決して大きな声ではないが、よく通る綺麗な女性の声がする。

え?
と思って見ると、彼女だ。

私の方を見るではなく、その子に対して語りかけている。

親は・・・?
しらんぷり、だ。

その子は慌てて普通に座り、大人しくなった。

 

今まで、幾度と無くこういうシーンを経験したが、
私のために声をかけてくれた人なんて、いなかった。

怪我のため歩けないほどの状態でバスに乗っていた時は、
高齢者に席を譲れ・・と車内アナウンスされ非難の注目を浴びる事があったが、
その時同乗した知り合いにさえ、こうやって弁明してもらうような事は、無かった。

 

で、1つだけ、心に決めた事がある。

ステッキを持とう・・と。

 

やはり、トラブルのある人間は、そのサインを出していた方が、
社会の中を泳ぐ時、余計な感情問題を引き起こさなくて良い。

勇気を振り絞って、声を出してくれた人のためにも、
回りがその人をかばってくれる可能性を高めるためにも、
そういうサインを出した方が良い。

 

降りる駅が来て、ドアが開いてから、
ちょっと大袈裟に「痛てて・・・」と声を出し、つり革に掴まって立ち上がる。

せめて、私の為に声を出してくれた彼女が、
車内で嫌な思いをしないように・・と。

すると彼女は、私の腕を掴んで、
電車の外まで誘導してくれた。

 

「すいません、ありがとうございます。
 嫌な思い、させちゃいましたね」

「いいぇ。
 私も小学生の子供がいるんですけど、
 ああいう親って許せないんですよ。」

「え?」

「あの子は凄く母親の顔色を見ていて、
 私が、おじいちゃんの為にどきなさい・・と睨んだら、
 その思いはちゃんと伝わったようですけど。
 あの母親はワザと私の横に来て、荷物をバンバン私にぶつけてくるんです。」

「そんな事があったんですか。
 もうしわけありません、私のせいで」

「いいえ。
 全てはあの母親が悪いんです。
 あの子はあの母親のペットで、母親の着せ替え人形で、
 人間として育てる気もないダメな母親なんですよ。
 私も母親だから、ああいう母親を見ると許せないんです。」

「ペット・・・ですか。」

「えぇ。
 でもあの子、ちゃんとわかりましたよ。
 私の視線の意味。」

「そうですか。」

「あの子がもうちょっと大きくなって、今日の事を思い出す時、
 きっと席を譲る意味を理解するはずです。」

「そうだと良いですね。」

「大丈夫。
 子供は親が思っているより純粋で、
 良し悪しはちゃんとわかってるものなんです。
 ただ、親がその物差しを歪めちゃうだけなんですよ。
 それより、歩けますか?」

「えぇ、休みながら歩けば大丈夫なんです。
 体調によって、5分位歩くと痛みが出るので、その都度どこかで座ります。」

「大変ですね。
 私の知り合いにも、そういう症状の人が2人いて、
 だからあなたの痛みもわかりますよ。」

「ありがとうございます。
 もしかして、私のために降りて下さったのですか?」

「はい」

「すみません。
 でも、すごく嬉しいです。」

「今日私が思ったのは、
 こうやって私がついていれば、私の友人が出かける時、
 支えてあげられるなって事、です。
 たまたま・・ですけど、こんな事があって気付けました。」

「本当に、ありがとうございました。」

「いいえ。
 お互い様ですから」

 

弱みを見せたくない自分の意地。

その意地が誰かを傷つける事になるなら、
張る意味なんてどこにも無い。

それより、わかりやすい格好をする事で、
座りたい時座れる可能性が高くなるなら、その方がありがたい(^_^;

 

で、
持つなら、私らしいステッキにしたいから・・・
誰かが「やっぱりなぁ・・・」と言いそうな普段用のステッキを発注し、
(フランス製の入荷待ち:仕込み杖じゃありません(^_^;))
仕事用に、必要無い時はバッグにしまえる折り畳み式のステッキも、購入した。

 

「ご贈答用にお包みしますか?」

「いや、そのままで良いですよ。
 私が使うんで。」

「え・・・
 あ、わかりました。」

 

ステッキを扱うお店の人にも、
私がそれを使う・・・とは思えないらしい。

やっぱ、必要じゃんね(/–)/

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