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2016-06-01

夢話

ゴロゴロとした大きな岩が流れを象る川の畔に、
その古びた建物はあった。
 
伝わってきた情報では、
行方知れずだった君がそこにいることになっている。
 
もう一度会いたいと、強く思っていた。
 
目黒のはずれにあった居所を引き払った後の君は、
その痕跡さえも見つからないほど、見事に姿を消していた。
 
ありとあらゆるツテを頼んで情報を集めても、
有力な情報は出て来ない。
 
それでも、
似たような人を見かけた、
という情報を得れば、
空振りを覚悟に出かける。
 
そしていつしか、
そこに君がいない事が当たり前と思いながら、
退屈で孤独な日々の中では、
一筋の光を見つけたような気持ちを味わう一時になっていた。
 
 
「姐さん、お疲れ様でした。」
 
「カズも難儀だったね。」
 
「いえ、これがワシの務めです。」
 
「もう、私も長く無いから、
 1人にしてもらえるかね。」
 
「姐さんがそう仰るなら・・」
 
 
太い二の腕にテープで固定されたチューブを、
無理矢理引き抜いた男は、
その大柄でごつい体躯に似合わない童顔を笑みに染めて、
そこだけが異質に見える瞳を少しだけ揺らしてから
私の方を見た。
 
 
「客人、後はよろしくお願いします。」
 
「取り次ぎ、ありがとうございます。」
 
「何があっても、
 私らはもう、この部屋には参りません。
 それが姐さんからの指示でございますので。」
 
 
彼の大きな身体の向こうには、
ベッドに横たわった女性がいる。
 
彼はゆっくり会釈しながら部屋を出ていき、
女性は窓の方を見たまま、私の方には背を向けたままでいる。
 
先ほど歩いてきた道から見えた川は、
数日前の雨のためか水量が多いように、
横たわった彼女越しに窓から見えた。
 
その髪のクセと、頭の形。
細い腕には見覚えのある黒子。
 
夢ではないだろうか?
どう見ても、君に見える。
  
 
「ごめんなさいね」
 
 
突然彼女が口を開いた。
 
 
「貴方には世話をかけっぱなしで、
私は何も返す事ができなくて・・・」
 
 
やっぱり君だ。
 
ずっと恋い焦がれたその声に、 
私の凍りついていた感情が溶けていく。
 
 
「そばにきて。
目を瞑ったまま。」
 
「どうして」
 
「お願いします」
 
 
君を今すぐ抱きしめたい・
その感情を必死に抑えながら目を瞑って近づこうとする。
 
 
「ごめん、見えないよ。
そこまで、どう行こう?」
 
「そうよね。
じゃ、そばに来てから目を瞑って。」
 
「わかった」
 
 
言われた通りに近づき、
ベッドサイドの椅子に座ってから目を閉じた。
 
消毒薬臭の中に、君の匂いが混じる。
 
川からの風が額の汗を少し乾かし、
鳥の声や川のせせらぎが耳に詰まっていく。
 
 
「いつまで・・・」
 
いつまで目を瞑っていればいいの?
ときこうとした。
 
と、同時に君に抱きしめられた。
 
 
「ごめんね。
 ごめんね。
 ごめんね。」
 
「・・・」
 
「会いたかった」
 
 
それはこっちの台詞だよ、
と言いかけたが、流れてくる涙と
解けていく心の動きに翻弄されて
何もできないでいた。
 
 
「お願いがあるの」
 
「うん。
 でもその前に、目を開けていい?」
 
「うん
 どうぞ」
 
 
会いたかった。
やっと君に会えた。
 
目に飛び込んできた君の顔は
間違いなく君の顔。
 
離れていた月日の分以上に変化はあっても、
その瞳の輝きは何も変わっていない。
 
 
「おかえりなさい」
 
 
彼女はそう言って、微笑んだ。
 
 
「ただいま」
 
「おかえりなさい」
 
「歳食ったろ? 俺」
 
「お互いさま。
 幻滅しない? 私、見て。」
 
「会いたかったよ。
 ずっとずっと、会いたかった。
 この10年、探し続けたよ」
 
「ごめんなさい。
 でも会えた。
 私も会いたかったけど、会えなかった」
 
「何故?」
 
 
彼女はその問いには答えず、
私をベッドに誘った。
 
 
「一つだけ心残りがあったの。
 最後に貴方に会って、ちゃんと謝りたかった。」
 
「最後って、縁起でもない」
 
「私の居場所がわかるようにしたのは、
 会いたかったから」
 
「よく、わからないな」 
 
「脱いで」
 
「え?」
 
「いいから」
 
 
彼女は着ていた浴衣を開けさせ、
私は着ていたTシャツを脱いだ。
 
そして、開けた浴衣の中に手を入れ、
彼女を抱きしめる。
 
胸と胸が重なり、
肌の感触が懐かしい記憶を呼び起こす。
 
 
「こうして欲しかった。
 このままずっと、こうしていて。」
 
「俺、泣きそうだ」
 
「泣いていいよ」
 
「ずっと、探してた」
 
「知ってた」
 
「どうして?」
 
 
彼女はふっと身体を下げて、
私の胸に耳を当てる。
 
 
「この音、聞きたかった。」
 
「心臓の音?」
 
「うん。」
 
「誰でも一緒なんじゃないの?」
 
「あのね。
私、もう無理なの」
 
「え?」
 
「ごめんね。
 いっぱい、ごめんね。
 でもお願い。
 ここで逝かせて。」
 
「え?」
 
 
彼女は答えずに私の肩にアゴを乗せ、
脇の下から手を回した。
 
 
「ありがとうね」
  
そう一言、
耳のそばで力なく呟いた彼女は、
力なく息を吐いた。
 
やがて、
回したその手から力が抜けていく。
 
 
「ちょっと待って。
 いっぱい聞きたい事があるんだ。
 やっと会えたのに・・」
 
「愛してる」
 
 
ふっ・・と
彼女の身体が軽くなった。
 
そして体温が下がっていく。
  
す〜っと辺りが暗くなり、
気がついたら、
冷たくなった彼女を抱きかかえて、
ゴロゴロとした岩だらけの河原に立っている。
 
色が無い世界に、
水の流れる音だけが響き、
冷たい風が私の体温までも奪っていく。
 
慌てて彼女の胸に耳を当てると、
そこにはもう、あの懐かしい鼓動は無かった。
 
 
何故だよ・・・
 
やっと会えたのに
また独りぼっちなのかよ。
 
君はいつも、謝ってばかりいて、
でも、何も返さないまま姿を消して、
今は目を覚まさない姿になってしまって・・・
 
涙が一粒、
彼女の顔に落ちた。
 
その瞬間、灰色に見えた彼女の顔が、
会えなくなる前の頃のように瑞々しく輝き、
穏やかな笑顔を浮かべる。
 
 
「ごめんね。
 このまま一緒にいたいけど、
 貴方にはまだ命が残っているから、
 連れていけないの。」
 
「え、どういうこと?」
 
「ここは三途の川じゃなくて、貴方の心の中よ。
大きな岩は貴方の悩み。
流れる水は貴方の命。
空が曇っているのは貴方が悲しんでいるから。
風が冷たいのは心が凍っているからよ。」
 
「・・・」
 
「私、貴方の命が無くなるまで、
 ここで待っているね。
 だから、私が凍えないように、
 明るく楽しく生きて欲しい。
 命が強くなれば大きな岩は流れていくし、
 楽しく生きれば空も晴れて暖かくなる。」
 
「そんなこと・・・」
 
「これが私の恩返し。
 ずっと一緒にいられるただ一つの道なの。
 いつも貴方の心の中にいて、
 岩を流しやすいように動かして待つね。
 そしてここの川が涸れた時、
 ちゃんと迎えに行くって、約束する。」
 
  
おい!
ちょっと待ってくれよ!!
 
と叫んだら、目が覚めた。
 
怖い夢を見た・・・らしい。

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