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日記的雑感 Archive

ビフテキを食べに、再びジャックスへ


 
あっと言う間に、3月になった。
  
2月は毎年短く感じるけど今年は特にそう感じるのは、
世の中が不景気の嵐で揺れ動いているからかも知れない。
 
 
「そろそろ行かないと、タイムアウトだよ?」
 
「そうだよねぇ・・・」
 
「食べておかないと、間違いなく後悔するよ?」 
 
「昭和の味の記憶・・だよねぇ」
 
「忙しいんだね?」
 
「うん。
 でも私が『行きたい』って言った事だし・・
 3月の頭ならどうにかするから、連れていってください。」
 

そんな会話をしたのは、先月の末。
 
昭和の味を今に残す店が今年度いっぱいで終了するから・・と書いて、
それに反応した友人のコンタクトは私自身にももう一度、
いや、できる限り何回でも味わいたい味なんだと、思い知らされた。
 
そう・・・
ジャックスのビフテキは、
思い出すだけで食べたくなる魅力に溢れているのだ。 
 
 

  
 
「何時まで営業されるんですか?」
 
「今月の27日までですね」
 
「そうですか、寂しいですね」
 
「えぇ
 でも古くからのお客様に多く来ていただいて、
 嬉しい悲鳴を上げてます。」
 
 
週末はもう、予約で埋まっているとジャックは言うが、
まだウィークデイは人数によっては入れるらしい。
 

「今日も・・・アレにしますよね?」
 
「えぇ。ヒレも良いなと思うんですけど、
 やっぱりここに来たらアレを食べたくなるんです。」
 
 

 

 
 
今回は、無理を言って、
厨房の端からジャックを撮らせてもらった。
 
彼の魔術を撮る事はできないが、
84才の最後の勇姿は、今撮らないで何時撮るんだろう。
 
そんな思いでシャッターを押せば、
そこには、経験によって培われる空気を纏ったジャックが
歳を感じさせない姿で立っていた。
 
 

 
 
「どう?
 昭和の味は?」
 
「これは・・・反則だよね。
 肉の美味さを引き出す技が凄い。」
 
「美味い・・・」
 
 
ゲスト達は、
異口同音に美味さを表現する。
 
私は・・・
 
声も出せずに食べてしまう・・・
 
 
「今日は、ありがとうございます。
 寂しくなります」
 
 
厨房に入っている息子さんから
わざわざ挨拶を頂いた。
 
 

 
 
私にとっては、取材で前の店舗に伺ってからの付き合いで、
間門の店に移られてから、息子さんとの面識もできたけど、
それでももう、数えられない位の年月が経っている。
  
 

  
 
「どうしても、お店閉めるしかないのかなぁ」
 
「ここのビルが老朽化で建て替えになって、
 彼自身の年齢もあって、
 良い区切りなんだ・・と言ってる。」
 
「惜しいよねぇ」
 
「寂しいよねぇ」 
 
 
うん・・・
寂しいね。
 
裕次郎が愛したステーキだから通ったワケではなく、
横浜らしいビフテキの味わいが好きだったから通って、
付き合いの中で、色々な事を教えて頂いて、
いつしか食の基準の1つになったジャックス。
 
高級な鉄板焼き系ステーキはもうカテゴリーが違うとも思うけど、
レストランで食べるステーキも、
アメリカンフード店で食べるステーキも、
ファミレスで食べるステーキも、
私の中では「ジャックス以上かジャックス以下か」で
判断してしまうクセがついているのだ。
 
でも・・・
考えてみれば、グリルで焼く系のステーキでは
ジャックスに並ぶと思える店はあっても、
ジャックス以上だった店が思い浮かばなかったりする。
 
 
「ジャック。
 手を撮らせて頂けないでしょうか?」
 
「はい、良いですよ。
 でもどうして?」
 
「以前から気になっていたんですけど、
 大きくて、長年の仕事でできあがった迫力を感じるので、
 是非記録しておきたいのです。」
 
「なんだかね。
 いつの間にかこんな形になっちゃったんですけどね。」
 
 

 
 
ジャックは、昭和33年に「トーク・オブ・ザ・タウン」という店を立ち上げ、
米兵のケンカで作り直す事に追い込まれて、2年後に「ジャックス」を立ち上げた。
 
中華街にあったジャックスは、地上げにより移転を余儀なくされたが、
50年を超えた今日現在、力強く生きている。
 
そしてその長い歴史は、
この手にちゃんと刻まれている・・・と感じたら、
その迫力にシャッターを押す手が震えそうになった。
 
 
 
横浜は、
本物だけが生き延びる街だった。
 
外国人が多くて、言葉も通じにくい街だから、
やって見せて、文化を超える力を見せつけないと、
認めてもらえない空気が漂っていた。
 
そしてその街で、米兵も船員も、銀幕のスターをも虜にしつつ
常に勝負に打ち勝ってきた力は、84才の今でも現役でいられる強さとなって
彼を支えてきたのだろう。
 
 
ジャックスは3月27日の営業を持って、
その長い歴史に幕を引く。
 
その前にもう一度は・・・
行かなくちゃ、と思っている。
 
 

 
 
jack’s restaurant
045-621-4379
横浜市中区本牧間門43-14
17:00~22:30
 
3月7日・14日・22日休業(21日は営業)

Easy come,easy go.

 
   バーは魂の病院だ・・・と、
   バーテンダーというドラマの中に台詞があった。
 
   見ていて、それはどうだろう・・・
   と思わず突っ込みたくなる。
 
   言いたい事はわかるんだけど、
   アルコールを毒と薬という表現もして違和感を感じたし、
   バーテンダーの所作や身だしなみの緩さや髪型など
   色々と「おいおい?」な所があって、
   何て言うか、ちょっと粗野な感じを受けたからだ。
   (今時のTVドラマに突っ込む方も問題だけどね)
  
 
   自分はバーを
   荷物の下ろし場所・・と感じている。
   と同時に、別のステージである、とも。
 
   バーは、酒を飲む場所だけど、
   酒に飲まれてはいけない場所。
 
   競争も背伸びも戯れ事ではあるけど、
   それを楽しむレベルで止めないと、品が悪い。 
  
   楽しく賑やかに飲みたいのなら、
   居酒屋か大衆酒場で飲み倒せば良いし、
   ただ酒を飲みたいだけなら、
   自宅でお気に入りを飲む方が良いのだ。
 
   そう・・・
   バーとは、その店の持つ空気を味わい、
   その日その時の風を感じながら、
   新たに上げた帆に受けた勢いで、
   家に帰る力をもらう場所なのだと思う。
 

   酒は確かに薬の顔を持っているけど、
   ビジネスタイムに背負った荷物を下ろし、
   別のステージに切り替えるガソリンのような物。
  
   そもそも薬だったら美味しそうじゃない(爆)
  
 
 
   そう言えば最近、
   新しい店を開拓しなくなってきた。
 
   それは、懇意にしている店がそこそこあって、
   そこの居心地の良さが他の店に存在しないとわかっていて、
   新しく訪れる店と、新しい関係を構築していく気力も時間も
   今の私には無いからだろう・・と思っている。
  
   実際、巷の飲食店のレベルはかなり落ちてしまって、
   見た目だけ良くても中身が無いパターンばかりが幅を効かせているから、
   無理に新規開発してダメさ加減を確認するだけと、わかってもいるワケだ。
 
 
   でも
   それでも・・・
 
   興味を引く店はあって、
   何かのキッカケでひょっと飛び込んでしまったりするから・・・
 
 

 
 

  先週、富士山写真のスペシャリストの写真展に行った帰り、
  高名な四川料理家の名前をつけた店に飛び込んだ。
 
  週末だったから、どこの店も人が多く、
  その店の客層が一番マトモに見えた・・という、単純な理由からだ。
 
 
   え?
   これだけ??
 
  入ってメニューを見て驚いた。
 
  麻婆豆腐、海老チリ、麻婆茄子、酸辣搾肉麺、担々麺、
  のセット物だけしかない。
 
  後はツマミになりそうな物はあっても、
  単品で料理を取って、ご飯か炒飯を合わせる・・といった事が
  最初からできない状態なのだ。
 
  じゃぁしょがない・・・
  と麻婆豆腐セットをオーダーする。
 
 
   「オマタセシマシタ。
    スープトライスはオカワリデキマス。」
  
   「え・・と、山椒はありますか?」
 
   「テーブルニ辛イノト香リノトガアリマス」
 
 
  麻婆豆腐とスープ、
  ほんの少しのザーサイとライスが、トレーに載って出てきた。
   
  さすがは麻婆豆腐店と言うだけあって、
  花椒もデフォルトでテーブルにあるんだね。
  
 
 
   あ・・・れ・・・??
 
 
   何じゃこりゃ??
 
 
 
   味が無い?
   というか旨味が無いよ??
 
 
  花椒をかけたら、辛さと痺れで少しは誤魔化せる感じだけど、
  何だか、ここまで不味い麻婆豆腐って、久々かもしれない。
 
  食べていて、不快になってきた。(^_^;
 
  
  店内を見れば、子供は走り回って、
  食事が終わっても動かずにただただ喋ってる若者集団がいて、
  週末のファミレスの風景によく似ている。
  
 
  まぁ、そんなものだよねぇ・・・と思いつつ、
  久々に二度と行かない店リスト入りか・・・と思いつつ、
  自分の名前をつけた店がココまで不味くても平気なんだな、とも思いつつ、
  やっぱり自分に合う飲食店は飛び込みでは見つからない事を、
  あらためて確認したようだ。
 
   

 
 
   バーは、それぞれの店に独特の流儀があって、
   常連と一見は思いっきり差別される場所だからこそ、面白い。
 
   カウンター商売で単価が高い店は、
   客の何を求めているかを読む事が仕事だし、
   客もまた、自分が何をどのレベルで求めているかを
   表現しなくては楽しい関係を作りにくい。
 
 
   懇意にしている店をどれだけ持てるか・・・が 
   アフターファイブの大人の実力でもあるワケで、
   誰かの行きつけの店へ連れられていくと、
   その人の姿が店を通して見えてしまうもの。
 
   だからある意味、バーの様な大人しか入れない店の場合は、
   勝負・・・という感覚も持つべきだし、それを楽しむ事こそが
   大人の遊びなんだと思うのだ。
 
 
   では、不味い料理店に入ってしまったら
   どうすれば良いのだろう?
 
 
   え?
   諦めるか、行かないか・・だって??
 
 
   そうだよねぇ

   不味い料理を出せる店は、
   不味くても客が入れば良いと思ってる・・・
   って事だしねぇ(^_^;
 
 
   という事で、最近はEasyに馴染みの店にしか
   行かなくなっちゃったのかも、知れないね。

Curses,like chickens,come home to roost.


 
 

やっぱりね
振り返ってあの時はああだった・・・と言うのは
何も良い物を生み出さない行為だよね
 
誰かの噂話を聞いたりしても
その裏付けを自分でしていない場合は聞き流すし
自分の属する団体全体の事で説明を求められても
全てを答えられるワケはないから黙るしかないね
 
そしてもう・・・
これから先の事だけを考えたら
実は結構気楽に全開走行ができるんじゃないかって
思うんだよね
 
 
後ろ向きになって
ダメを排除しても失うだけ
 
前向きに
ダメを凌駕するスピード
先へ行けばいいだけさ
 
 
そんな事を思うと
いくらか心が落ち着いたのかな・・とも
思えるね
 

No pain, no gain

今、目の前に見えている事だけで
判断するのは子供じみている。
 
そう解っていても
耐え難い環境には反発するのが反射的行為なら
それを押さえ込むのは経験の積み重ねでしかない。
  
そんな事を思う毎日が続いているけど、
何だか今日は、突然エンジンがかかったように感じた。
 
そろそろ、動かないとね
何時までも足下見てても先は見えないよね
 
・・・と。
 
 
1つの事が終わる時、次の道が用意されるかどうかは別として、
次の道を見つけるのは、やっぱりその人の能力によるらしい。
  
新しい環境に移って面倒な毎日であったとしても、
生活に苦労する毎日であったとしても、
ちゃんと真っ直ぐに生きていれば、助けはある。
  
誰かを蹴落としたり踏んづけたりの毎日を過ごす人が、
今一時の満たされた環境を維持する事さえ困難になるのは、
歴史を繙けば証明される事だ。
 
  
だから今は
経験から導かれる答えに沿って
自分らしく歩むしかない。
  
自分を信じて
今までの経験を信じて
歩むしかない。
 
という事で
そろそろ始動です。
 
 

A bad workman always blames his tools.


 
何だろうね
 
毎日毎日
自分が否定されている気分になっている
 
寝ないで構築しても
指示通り組み上げても
その時そこに存在するロジックで
壊される
 
 
 
もう
疲れたな
 
 
私には私なりの考えと
経験に基づいたやり方があるから
違う形が欲しいなら他の人に求めてほしい
 
 
もう疲れたな
 
 
 
 
もう・・・
 
疲れたよ

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