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TK

その仕事はチームで行う仕事で
私は6ヶ月という短時間でチーム監督に就く事を
社命として受けていた。
 
それまでは同じ仕事でも、
一人でほぼ全部をこなして仕上げるスタイルだったから
チームとしての仕事を学び、
一人ではできないサイズの物を作り上げる事を、必死で学んだ。
 
6ヶ月の間に覚えた事は、
チームと言えども全員が職人であり専門家であるから、
それぞれを信頼し、やりたい事を伝わる言葉で伝える事だったと
記憶している。
 
 
「おはようございます。」
 
 
異例と言われる早さで監督に就いた初日。
私の挨拶に、チーム全員が無視を決め込んだ。
 
「この世界では有り得ない事なんだよ」
「どれだけできるんだ?」
「お前のせいで俺たちの社会に歪みが生まれているんだよ」
「これからお前の会社が俺等の仕事を奪っていくんだろ?」
 
そんな声が、その無言の中に潜んでいた。
 
仕方ない。
6ヶ月の研修だけで監督になるなんて
確かにこの世界じゃ有り得ない事なんだろうよ。 
 
でも、会社同士の合意の上で職場に入った私に
「自分の会社へ帰れ」という意味を謳う組合ニュースを、
仕事中の机に投げていく。
 
そんな仕打ちは日々あったから、
腹はとっくに据わっていた。
 
 
ふざけんな。
黙って俺の指示通りに動けば良い。
失敗にならない「準備」と失敗しにくい「段取り」はできている。
後はお前らが、それぞれのパートでプロの仕事を見せればいいんだ。
 
そう言葉にできれば良かったけど、
若かった私には、心の中で叫ぶのが精一杯だった。
 
 
その日、君も、
何も喋らなかった。
 
でも時間をコントロールする役目(TK)だった君は
回りの野郎共とはちょっと違うスタンスでいるようで
「仕事」に忠実に動いてみせる。
 
その動きに他の連中も職人魂を触発され、
作業に集中してくれた。
 
 
「え?
 もう30超えてるんだ?」
 
「うん。
 俺、童顔だからそう見えないようだけど。」
 
「なんか妙に落ち着いたヤツが入ったなって、思ったんだよね。」
 
 
仕事の後、彼女から話かけてきたのだが、
口下手で無口な私と言葉少なげな彼女とは
あまり会話が続かない。
 
それでも私の人となりがわかって、興味は満たされたのだろう。
笑いもせずにこう言った。
 
 
「じゃ、来週もよろしく。」
 
 
えらくぶっきらぼうな女だな・・と思ったけど、
とりあえずの合格点をもらった、という事は
その表情から見えて、ホッとした。
 
それは他の職人達も同じだったようで、
次の仕事の時は、私の挨拶に全員が挨拶を返してくれた。
 
そしていつの間にか、
口下手な私の意図を探ろうとするようになり、
そんな信頼の上に成り立つチームの仕事に、
愛着を感じるようになっていく。
  
 
9703Dcm
 
 
それまでの自分は、
仕事を誰かに任せる事が、嫌だった。
 
結局、全部自分でやらないと
納得できる仕上がりにならないと、思っていた
 
でもそれは
若造の思い上がりと経験不足の成せるワザ。
 
質の高い仕事を目の当たりにすれば、
自分1人の幅がどれだけ狭いかって事が、嫌でもわかった。
 
でも、自分で磨いてきた感覚が素材に乗っていれば、
その気配を感じて増幅してくれるというチームとの仕事が、
表現する事の意味や意義を、大きく育ててくれたのは言うまでもない。
 
 
「雨が降ってるのにトニーラマ?」
 
「雨だから。」
 
「もったいないじゃん?」
 
「いいのよ。雨の日はウェスタンブーツを履く事にしてるの。」
 

どこか、ネイティブアメリカンな容姿を持っていた彼女は
雨が降ると決まって、ウェスタンブーツを履いて出社した。
そしてそれがまた、妙に似合っていた。
 
そんな日は特に、男勝りな体躯が近寄りがたい空気を醸し、
ターコイズを多用したアクセサリーが、日本人離れした風貌を際立たせていた。
 
でも、女を捨ててるワケじゃない。
彼女らしいスタイルが、ちょっとわかりにくい表現だった、
という事なのだ。
 
例えば、
父親が厳格な人で「カラーリングも許してもらえない」とぼやきつつ、
ストレートヘアの内側だけ金髪にして、
髪をまとめるとカラーリング、ほどけば黒髪になるようにしていた・・・
といった感じで。
  
 
「顔を洗う時、髪を束ねるじゃん?」
 
「うん」
 
「その時、見られちゃって滅茶苦茶怒られちゃって・・
 しかも『黒く染め直さないと外に出さん!』って言われちゃってさ」
 
「まさかその眼帯は?」
 
「あはは、これは違うって。殴られてない!」
 
「どうだかな・・・」
 
「殴られてないってば!」
 
 
たまに喋る日常的な話題も、
あまり色っぽい話には展開しない。
 
男前な生き方が格好良かったけど、
女らしさはちっとも感じられない仕事仲間。
 
あ・・
でも、一回だけ、弱いところを見せたっけ。
 
 
「お、地震だ・・・でかいかも」
 
「わぁぁぁぁ・・・ダメぇぇ・・・」
 
「おい!何処へ行く?」
 
 
震度5の地震が来た時、
彼女は仕事中に席を蹴飛ばして廊下へと走り去った。
 
時間が来るまで止められない仕事で、
タイムスケジュールはTKのコールで管理されている。
 
そのTKが消えた?
どうすんだ?
 
だがその頃の私は
大概のトラブルには驚かなくなっていたから、
まぁ、どうにかなるだろうと楽観できた。
 
 
「アイツにも恐いモノがあったんだ」
 
 
チーム全員が、笑った。
 
そして彼女は
ばつが悪そうに戻ってきた。
 
 
「あたし、地震だけはだめなのよ。」
 
「何処へ逃げたって同じじゃん?」
 
「わかってるんだけど、じっとしてられない」
 
 
また、皆で大笑い。
 
そしてすぐ、動いている仕事を修正する作業に
全員で没頭した。 
 
 
回り全部が敵対視する中でも 
「プロの仕事ってこういうもの」と態度で示し、
私の仕事を見てすぐに距離を縮めてくれた事が、嬉しかった。
 
夜も寝られないようなスケジュールで仕事をし、
いつも半分寝ているような状態でいるのに、
君のカウントダウンで仕事モードのスイッチが入った。
 
良い番組が出来上がった時には、
こそっと「今日の、良かった」と呟いて帰ったね。
 
そんな、ちょこちょこっとした事くらいしか思い出せないけど、
思い出す度に、あの頃の空気がかなりの圧力でのしかかり、
同時に、君の一言一言に、随分救われていたんだなって気づかされるよ。
 
 
でもさ、釈里
ちょっと早過ぎるよ
 
今は言葉も無いよ
 
安らかに
眠ってね

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